渋沢栄一・著/奥野宣之・現代語訳 ━━━━━━━━━━━━━━ ●自ら箸を取れ
青年の中には「働きたい気持ちは大いにあるのに、頼れる人がいない」とか 「引き立ててくれるひとがいない」「後ろ盾になってくれる人がいない」とか言って嘆いている者がいます。 なるほど、たしかにどんなにすぐれた人物であっても、その才気と知略に気がつく 先輩なり周りの人なりがいなければ、その手腕を発揮する手立てがありません。 対して、デキる先輩が自分のことをよく知っているとか、親類に有力者がいるとかいったことがある青年は、その器量に目をかけてもらえる機会が多いので、比較的に恵まれているかもしれません。 しかし、それは普通以下の人の話です。もしその人に手腕があり、優れた頭脳を持っているなら、たとえ昔からの有力な知人や親類がいなくても、世間が放っておかないでしょう。 そもそも今の世の中は人が多い。役所でも会社でも銀行でも、人が余って仕方ないくらいです。 それなのに、上司が「この人なら安心だ」と仕事を任せられるような人となると少ない。 そんなわけだから、どこでも、優秀な人物なら、いくらでも欲しいのです。 このように世の中はお膳立てをして待っているのだから、これを食べるか食べないかは、 箸を持つ人しだいです。 ごちそうを並べた上に、口に運んでやるほど、先輩たちや世の中はヒマではないのです。 あの木下藤吉郎は、低い身分から出世して、「関白」という大きなごちそうを食べた。 けれども、彼は信長に口に運んでもらったわけではありません。 自分で箸を取って食べたのです。
算盤と論語 致知出版から引用