しかし、この歳になって考えると「自分を防衛するためにそうせざるを得なかった」のかな?とも考えます。極貧な幼少期・学童期・・・本当に「はずかしい」と言う思いとの戦いでした。また、仕事に疲れた父の暴力・・・これも物心ついた人間には耐えがたいものでした。理解はできていました・・しかし、される方はたまったもんではありません。「我慢」が「憎しみ」に変わり何らかの実行をしない様にするには家の外では「傲慢不遜」な子供になるしかなかったのだろうと今は思います。しかしそのために「人生・・まだあと100年くらいはありますが・・・痛恨の極みのようなこと」もありました。
昨日、中3生に模試の結果を返す時に、「これをどう見るか?分析するか?」という話を少々しました。偏差値が高い、低いあるいは点数が高い、低いだけ見てはいけない。もっと多くの情報が読み取れるね。どの単元が「全国平均」より低いか、あるいは1設問ごとに「正答率」があるけれど、それをあなたは〇だったか×だったか・・そこを読みとらないといけないよと申しました。
そうすると「自分の傾向」が見えて来る・・・それに対して「対応策」を考える・・元論「仮説」ですけど。それを日頃の「自主勉強」で取り組んでみる・・・・次の模試が来る・・・では、「変化が見られたか?・・・検証する」それが大事だよっておはなししました。
今後、模試のたびに「個人面談」をして、「勉強の仕方」を指導してゆきたいと思います。
また、中3の「金曜演習」(無料)も始めます・・・・自習や質問がしやすいようにあえて「そういう時間帯」を設定します。
しかし、ちょっと失言もありました。弊進学教室は、ここ瀬田に1教場のみを構えています。エース進学ゼミとしてはまだ、2年の歴史しかありません。最後発の塾として生き残っているのはうちだけです。そして、水鳥のあがきのように「水面下では懸命に水を掻いて」います。地元商工会様の助言とご移動を頂きなんとかここまで来れました。
まだ、正直申して私たち家族が糊を口にする程度しか利益は上がっていません。しかしながら「新規参入企業」が生き残ることが余りに難しいので、昨年に続いて、さらに大きな1ページ記事で「通商産業省の冊子」に掲載されることに内定しています。周囲の方々に支えられて「分からんボーイ」がなんとかやってこれたことが少しでもお役に立てばと言うことで快諾しました。
しかし、この2年たった3名の無料講習生から始まった塾としては、「改めないといけない仕組み」「もっと細やかな応対ができる仕組み」・・・仕組みに移行しないといけない時期に来ています。「私が走り回って全部をする」ことでカバーできるか?・・・出来ないからこそ「過労になった」り、「退塾が出る」のです。スタッフみんなと仕事を分け合い、また「今までなかったシステム」を作り、生徒様が自分で勉強したくなるように工夫していくことこそ今は重要なことだと思います。そこで、「成長」のあかしとして「冊子の掲載」の話をし、かつ「本当に小っちゃかった時期」のやり方だけではみんなの希望をかなえられないから「みんなの為にいいように変えていくね」という意味で上記の話をしたのですが、受け取り方によっては「大きくたったろう・・・自慢か!あほめ!」という風にとれなくもないように後で思いました。
私としてはただ皆様に感謝いたしており、受けた御恩は何らかの形で還元するという意味で申し上げたことであります。また、せっかく「エース進学ゼミ」に通っていただくのですから、皆様に「関関同立」以上(もちろん旧帝大・国公立は含みます)または同等の大学に進学できる高校へ合格していただきたいと「指導の質を高める」所存です。ありがとうございます。