TVのAC JAPANのCMで こどもたちのそとあそびの時間が「18分」になっていると報じています。
あそび=ゲームになってしまうことは、ゲーム会社の方には悪いのですが、大変な危機感を覚えます。
雨が降った人かに限定してくれればいいんですけれど、ゲーマーと簡単に本人が言う「ゲーム依存」は本当に多いのです。人間か、ゲームか・・・・どちらが主人かわからない、これは深刻です。
私は「昔者」なので、遊びの中で「ケガ」をし、この程度までなら大丈夫という「手加減」を憶え、手を切り、痛みを知り、木から落ちて「息ができない」とか「落ちても枝にひっかかるからある程度高い方が安全で、地面に近い方が頭や肩を打ってひどいケガになる」とか覚えたように思うのです。
また、同年代・いや異なる年代とどう遊ぶか、(順番待ちとかじゃんけんで決めるとか‥…)そんなことを学んだ気がします。
「大切なことはみんな幼稚園の砂場で学んだ」という本があったように思います。
私は「神社の鎮守の森で学んだ」ように思います。
私は、幼少期は「病弱」で決して外遊びの多い子ではなかったはずですが、短パンにビリビリ穴をあけて帰ってきたり、頭をゴンゴン打って血の帯で「スイカ」みたいになって帰宅して母を驚かしたりしていたことは良く憶えています。
今も同じ環境で「鎮守の森」はあるんですが、子どもたちの歓声は聞こえないですね。
痛みを知らない子は、大人になってから「手加減」ができないのでは??????と心配です。
もしかして「少年ジャンプ」のような暴行‥‥‥コンクリートの床の上の「相手の頭」を脚で本気で踏む・・・・に人間の頭が耐えられると思う方がおかしいってわからない子供が出てくるのではと思うとぞっとします。