「教えられる」から、強制されるからイヤイヤやっているんだよ、勉強を。はじめは仕方ないかもしれません。だって、人間だれでも、初めからトイレで排便したいとか、食後に歯磨きをしたいとか、毎日風呂に入りたい、髪を洗いたいとか思いませんもの。お箸だっていやでした。手づかみが楽ですし、熱いものがあるならスプーンが楽です。
これらは親から強要されて・・・言葉が悪いでしょうか?・・・身につきました。
もし、未だにできないとすると「社会生活」が営めないでしょう。そういう意味では、幼少期の「強要」は、「教育」であり「必要」です。ひらがな・かたかな、九九・・こんな無味乾燥なことは小1~2でないと習得は無理です。長じてからならば「頭が反発」します。あの時期だからできたことですよね。
しかし、ある時期から「チェンジ」しないといけませんよね。この前に申しました「全く読書をしない大学生が50%いる」と。国公立私立大学の生徒対象ですから、レベルが低い大学だからではないですよね。学ばないということです。
もしかすると「勉強」は、与えられた授業を受けること、宿題をすること、課題をすることと言う誤解のまま、育ったのかもしれません。
「勉強が好きか?」と言われると正直多くの人は、「・・・・・・・」になります。でも、「必要か?」なら「そうだよ」と答えるでしょう。
「学ぶ」とは、与えられた課題をすることではない・・・・早期にきづいてほしいですね。